ルパン三世 & something

ルパンを語って微笑みを届けたい  他にも気ままに綴ってます♡

哲学者、カトリーヌドヌーヴ / 「シェルブールの雨傘」


ルパン三世」part6のエンディングアニメで、「シェルブールの雨傘」を思わせるお洒落な傘が描かれて、キュートな不二子ちゃんが、一瞬、主演のカトリーヌドヌーヴを連想させる。

映画「シェルブール〜」は、さすがフランス映画と思わせるオトナな?感覚が散りばめられている。特にラスト、ドヌーヴ(本名の方で!)と元彼のガソリンスタンドでの再会シーン。すれ違いから既に違う人生を歩み、それぞれに伴侶もいる2人の会話は、もう、昔のそれではない、、。ハリウッド映画だったら、もう少し違う演出のような気がするが、コレがヨーロッパの映画なのよね。ロマンの中にもリアリズムみたいな、、。
ルパンの「インベーダー金庫は開いたか」の次元と元カノのラストシーンもそうだったが、こちらがお子ちゃまだとついていくのが大変ダ!


ところで、この映画で圧倒的にキュートな印象を残したドヌーヴは、今や大御所。彼女よりかなり若い仏大統領や要人の集うパーティーなどでの、ドヌーヴの扱われ方は、女王級だ。
みんな彼女の貫禄(いい意味よ!)にひれ伏している感じ。


ドヌーヴの来日時、「徹子の部屋」に出演された放送を見て、そのわけがわかった。彼女はご自分のことを
「私は、哲学者なので〜」
と、(同時通訳を介して)言っていた。(なので、今日のタイトルは、私が決めた印象ではなく、ご本人の発言に因るものなのだ。)

ドヌーヴは、考える人なのね。「シェルブール〜」に出ている頃の、夢見るように可愛かったマドモアゼルが、こういう深みのあるマダムになっていくとは予想しなかったなー。

そして、徹子さんが、視聴者に何かアドバイスを求めると、
「そうね、、自分のことをあまり大袈裟にとらえないことね。」
と、サラリと言ってのけた。これが超、印象に残ってる!
彼女ほどの大物が、そんな心がけでいるんだなあ と。
それなのに、彼女は圧倒的オーラで、周りが尊敬しちゃうのね。


ジェフリーアーチャーの「ロスノフスキ家の娘」で、主人公のフロレンティナが、国会のバイトで代議士の先生方の名前を間違えてしまうと、(与野党問わず!)先生方は皆例外なく、大騒ぎした というような記述があったと思うが、著者のアーチャーは代議士経験があるので、多分実体験なのだろう。
こんな風に、エライ人もフツウの人?も、まあ、自分のことを大袈裟にとらえる人は多いんだろうネ。


それに、人生も特に後半戦にかかると、人と比べるまでもなく自分史においてさえ、色々な衰えを自覚するもので、どうしてもそれを補完する方向に動くから、御身大切みたいになりがちでしょ。それが、はたから見れば、尊大だったり、或いは真逆の自己憐憫に映ったりしてしまう。
よほど心がけでもしなきゃ、なかなか加減が難しいのよ!


カトリーヌドヌーヴ、、カッコいいなあ。