ルパン三世 & something

ルパンを語って微笑みを届けたい  他にも気ままに綴ってます♡

‘ みぞの鏡 ‘ のこと from 「ハリポタ 賢者の石」

ネタバレあり〉

ハリポタに登場する‘ みぞの鏡 ‘ は、自分の一番の ‘ のぞみ ‘ を映す不思議な魔法の鏡だ。
だが、ダンブルドア校長は、この ‘ みぞの鏡 ‘ を撤去した。
「将来有望な沢山の若者がこれに囚われて、ダメになった。」と、ハリーに語って、、

どうして、望みに囚われ過ぎるとダメなのか? 
ダンブルドア校長は、この鏡は知識や真実を語ってくれはしない と言う。
そして、この説明の後、「ハリーが次にこの鏡に出会っても、もう大丈夫じゃろう」と意味深な予言をする。(←これは後の伏線となる)


作中、ハリーは、自分が両親に囲まれて幸せな状態、、(→彼にとってはこれが希求のことだから)を、鏡に再度に見に行き、まるでうっとりしている。
それ自体は悪いことは無いが、特に彼の場合、それを得ようとすることは亡き両親に会いに行くこと→あの世へ行くこと となってしまい、これは一番マズイ。目の前のこの世のことは、どうでもよくなる可能性があるからね。
いくら自分の親でも、自分の人生とは別物なのだ。このことに気が付かなければいけない。甘い誘いに引きずられてはならない!


ここで、以前読んだことのある話を挟む。
ある男Aが、(有名な)人相見に、「貴方は30代半ばまでの寿命だ」と告げられる。性根が悪くはないAは、それならばと、悟りを開いたように穏やかにその時までを生きることにした。人当たりも良くて周囲からも好かれる。ある時、高僧が彼に会い、若くして出来上がっているAを見事に思い、ワケを尋ねると「かくかくしかじか〜」。
すると、高僧は「なんだ、そんなことだったのか」とがっかりし、Aに、そのご託宣を忘れ捨て今を生きるよう厳しく諭す。

男Aはそれから生き返ったように蘇り、「今を」「自分を」生きるようになる。その話の続きは、、当然、件(くだん)の30代半ばも悠に過ぎ、ご託宣をことごとくいい意味で裏切って、彼が本来生きるべき人生の線に戻り(力強く幸福に)生きた ということだ♡


まあ、ダンブルドア校長の懸念というのは、この高僧と似ていたのでは無いかと感じる
私達に活かすとすれば、例えば占いジブシーとなって翻弄されたりしないように、あくまで自制心を無くさずに ということも言えるだろう。
人は弱いものなので、どうしても依存心に負けがちだ。
「酒は飲んでも飲まれるな!」と同じだねw

このブログでも、ティンバーをテーマにした時に書いたが、私自身、趣味で占いを少しかじっていたりするだけに、その取り扱いには逆に気をつけている!
アドバイスの一つとして活用するのはアリと思うが、自分軸がある程度確立した年齢に達してからの方が、より安全かもしれないね、、


だから、若い生徒の学び舎ホグワーツでは、‘ みぞの鏡 ‘ は害の方が大きい、必要ないね と判断されたのだろう。
多少転んだり滑ったりがあっても、今を一生懸命生きよ ということね。


ハリーは、ラスト、(クィレル先生を乗っ取った)ヴォルデモートと対峙した部屋で、この鏡に再び出会うのだが、もう、両親は写っていない。それどころか、クィレルには見えない「賢者の石」が、無欲のハリーには見えるのだった。
それは、ダンブルドア校長の予言通り、‘ みぞの鏡 ‘ の限界を突破して、早速、今必要なことを求めて生き始めたハリーの成長の証でもあった♡