8月上旬に開催の東医体サッカーの試合に家の息子も参加した。最終学年は応援する保護者も多いとのことから、私も新潟行きを決めた!主人は仕事のため、当日に部員のママ達とお会いするまでは、基本一人旅。観光も楽しみの内だ!YouTubeなどで市内観光の情報を予習しておいた。便利な市内循環バスがあるとのことで、それを利用することにした。
新潟へは前日入りし、駅前ホテルに荷物を預け、いざ出発‼︎
ほぼ半日の予定の中、歴史関係の幾つかのSPOTを巡る予定。北前船で栄えた豪商の別邸とか、會津八一が終の住処にした有力者の邸宅などをチョイス。
35°C近い猛暑だが、こういうお屋敷巡りはエアコンが無い! なので、この時期はよほどの‘歴史好き‘や‘お庭好き‘などしか見学しないようであるw 私と同じように汗を拭き拭き、循環バスを待つ女性と、自然と会話がスタートした。お互いに次は歴史博物館に行くことも同じだったので、‘旅は道連れ’ でご一緒することに♡
(なお、バスや歴史館は涼しくて、一息つけた‼︎)
ここには、古くは各地に点在していた縄文の古墳の頃から、時代を追って色々な展示がある。『越後の龍』上杉謙信の時代よりも前の新潟は全く知らなかった新参者の私だが、ご一緒した女性はとても詳しく、だが簡潔に説明してくださる。その物腰に教師などのご職業の方ではないかと思っていたら(後で判ったのだが)その通り、近県の学校の校長先生で、お仕事でたまたま新潟に来県されていたのだった。落ち着いた雰囲気と信頼感&安定感のあるお人柄が滲み出ていたからだ!(以後、先生と表記。) 自分一人なら多分見逃してしまったであろう展示も、まるでナビのようでもある先生からのコメントのお陰で、多面的に見学することができた。
先生の説明と、見学から感じたことをいくつか書いていくと、、
新潟市は日本海に面した港町でもあり、水運の発達した都市でもある。
謙信の時代よりもずっと前、奈良や平安時代の頃、既に大陸から中国やロシアの商人との通商があり、栄えていた。また、新潟は、シルクロードを経て日本へと伝来した海外文化の入り口でもあった。そして、江戸時代には北前船の就航で、また栄えた。
地理的には、日本海から信濃川の間の地盤はしっかりとしていて、反対に、信濃川から新潟駅側の地盤の方が弱くて、定期的に水害が起きたという。イメージではむしろ逆に思ったので意外だった。
また長い歴史の中では、市内では火災も多かったようだ。大地震での被害や、近年は横田さんの拉致事件などもあり、新潟は、通商で栄えた歴史の一方で、天災や人災にも見舞われた苦難も多い土地柄だったこともわかった。そんな中でも、土地の人々はたくましく生き抜いてきたのだった。
ご存知、新潟は米どころでもあり、その他にも日本酒や日本海の魚介類など、美味しいものが多いことでも人気だ。
歴史館から少し歩いて、笹団子の老舗『田中屋』で共に一服♡ 「新潟に来たら日本海を見たい!」という私のリクエストに対し、「日航ホテルの最上階が眺めがいい」とのアドバイスをいただき、そちらもご一緒に。高層階から見渡す雄大な日本海の海原に、うっすら佐渡島も見えた♡
暑い中、「基本、エアコン無し!」のお屋敷見学をモノともせず周遊する旅で巡り逢っただけに、趣味嗜好が似て、話していてとても心地よく、ウマがあったように(少なくとも私には!)感じられた‼︎
お陰様で思わぬ楽しい観光となり、素晴らしき出会いに感謝♡
この日、歴史館の前に見学した旧齋藤家別邸や會津八一記念館についての感想は、後日またあらためてupしたいと思っている。お盆休みで何だかブログupのペースは落ちてしまっているが、近いうちに思い出しつつ綴る予定!