ルパン三世 & something

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「花魁の身請けは間夫ごと」が粋!? from 歌舞伎、大河『べらぼう』

歌舞伎の演目には吉原などの遊郭を舞台としたものが多々あり、当然、筋書きで身請けの話が登場するものもある。むしろ、そういう世界(を描くの)は得意分野であるようだ。


Eテレ『芸能きわみ堂』で解説された歌舞伎通の岩下尚史さんによると、花魁(おいらん、、遊女の最上位)には、間夫(まぶ、、遊女が情を通じた男。往々にして廓の中で働く男が多い)がいて当然の世界なのだという。
なので、その花魁を身請けする時は、その間夫ごと引き受けるつもりで買わなければ旦那は「粋」とは言えないんだって!

それを聞いて、番組で同席していた大久保佳代子さんと女性アナは2人とも、「へえ〜っ」と半ば呆れて驚嘆した。「あんな高額を払うのに?」と!
現代の経済感覚だとそうだよねぇw
ただ、岩下さんの説明では、それで驚いたり理不尽だなんて思うようでは「粋」の反対の「野暮天」ということになるらしい。

「粋」に生きるのって大変ねww


そう言えば、古今東西ダンディズムというのはやせ我慢にも通じていて、それが「粋」だという世界はあるにはあるね。過去、当ブログでも次元大介カサブランカのリックについて語ったっけなw

さらにもう一つ興醒めな現実を書けば、身請けできるような旦那はあまり若造なワケはなく、当然、妻子や側室もすでに複数いたりする数寄者なので、まあ、そもそも「純愛」という感じではなかったかも、、
一見、ゆとりとも見える「粋」とは、その辺りにもあるかもしれない?


だが一方で、現代の大河ドラマの描き方では、鳥山検校にしても田沼意知にしても身請けをtryした人達には「純」な部分が見え隠れして、それゆえに視聴者の共感を得るところは大きかった。
いくら江戸の粋がそうだからと言って、鳥山が身請けを実行したあの時、瀬川と重三(蔦重)をセットで引き受けて鳥山が平気の平左だったら、、?
ドラマ視聴者としては、ちょっと引いてしまったかもしれないよねw

「粋」な振る舞いを信条とする江戸の男たちと現代人とはかなり違いがあり、スンナリとは受け入れ難い差があるからだ!
そこで、ドラマでは現代の視聴者に受け入れ易いキャラクターにするなどの「用意」をして擦り合わせするようなのだ。


尤も鳥山検校の場合は、盲人という特殊な境遇の上に高利貸しで早くに出世していたため、瀬川を身請けした時はまだ30代半ばと若かったという記録がある。彼は、江戸時代の身請け事情からは色々な意味で逸脱していた可能性があり、もしかして「恋愛純度」は高い方だった? とも思うがどうだろう??

でも鳥山は最後捕まる時、瀬川と離縁することで彼女を自由にしてあげる という粋な計らいをしたっけな。
健気なやせ我慢の男の美学があるにはあった。「粋」に頑張っていた!
「粋」と「純」が同居していたかもしれないね(泣)。

しかし繰り返すが歌舞伎の論理でいけば、それではまだホントの「粋」の域には達しておらず、そもそも鳥山にはハナから重三も丸抱えにするくらいの度量が必要だったということなのだ!厳し〜い‼︎


私は以前、鳥山検校の瀬川・重三への悋気(りんき=嫉妬)について、鳥山へ同情的な書き方をしたが、こちらも少し違ってくる可能性が浮上してきたのであ〜る!和楽器などの邦楽に携わっている私としては、歌舞伎に流れるこのような世界観を知った以上、自説をトーンダウンせざるを得なくなった!

士農工商など身分上の社会システムや男女観が今とは大きく違う江戸時代の色恋を語る時、現代の論理だけでは到底語り切れない。
鑑賞する側も、そんな背景に基づくお約束ごとや、ある種の心得を知っておいた方がいいみたいね!