ハリポタのホグワーツ魔法学校で生徒達は呪文を学ぶ。
「エンガーディアム レビオーサ」
(オサー では無くて!)
第1作目『賢者の石』における、ロンと優秀なハーマイオニーの有名なあのシーンだ。
実際この時は、ちょっといい間違ったロンの魔法は上手く実現せず、正確だったハーマイオニーの方は1発で成功した!
だが、ハリポタでは上級になると、無言呪文なるものも存在する、、
さて、呪文の文言の効力って一体何なのだろう?
ところで、興味深い話が印象に残っている。
あるお婆さんが(確か)般若心経の最後の有名な部分の文言を明らかに間違って覚えていたが、長年それを唱えていた。そのお孫さんいわく、
「でも、おばあちゃんは、いつも難を逃れて(守られて)いたんだよね〜」
と言うものだ。
彼女の無事が、読経(どきょう)のお陰なのか否かを問うのは、この際置いといて、、何なら魔法の話もその類なのでww
では、無言呪文や形式上は間違った読経が、効力を持つとはどういうことか?
「言霊」の言葉の霊力は、正確ならばこそ なのかどうか?
このような命題の私なりの回答は、
その文言を覚えられる若さや環境がある人は、やはり出来るだけそうすべき。だが、何らかの事情で間違ったままでいたことがあったとしても、「真心こそが言葉に優る」こともある! というものだ。
くだんのお婆さんの場合は、いつも信じて心から読経をしていたので、少々の言葉のアヤは見逃された ということなのだろう。
そもそもこの手の話は不思議が絡むので、苦手な人もいるかもですね。
それ以外の方に向けての今日の話ではありましたが、如何でしょうね!?